[副校長] 蒼い季節(とき) ⑤

蒼い季節(とき)  ⑤

「大学はどこですか?」。学生時代にアルバイトの面接や合コンで、この質問を何度もされた。その度に少しだけ体が緊張するのを感じた。

私が学生時代を過ごしたのは、私鉄沿線にあるいわゆる普通の大学。そのため前述の質問に答えると「ああ、○○大ね」という答えが、少し期待外れとでも言いたそうな顔と共に返ってくることが常であつた。日本経済はバブル前。四年の先輩たちの話では、就活では有名大学とは別の扱いをされるらしく、就職戦線は苦戦必至である。「自分は無事に就職出来るかなぁ」「高校時代、もう少し勉強しておけばよかった…」とか「もう一度、別の大学を受験し直そうかなぁ」と入学当初は思っていた。しかし思いとは裏腹に、なんの努力もしないまま、時だけが楽しくゆったりと流れていった。

大学四年生になった。当時の就活解禁は夏。リクルートスーツで強烈な日射しの中を、就職人気企業ランキング上位の企業から荒川沿いの小さな鉄工所まで、多くの職場を訪訪問し働く人たちの姿を見た。大企業は鼻血が出そうな程美人なOLと、いかにも仕立ての良さそうなスーツを纏(まと)い闊歩するビジネスマン。町工場は油と汗にまみれた作業服とゴツイ手の熟練工たち。働く場所も人もまったく違うが、どこの職場にも自分の仕事に誇りを持つ人々の姿があった。人間は大学や会社名ではなく、誇りを持っている者が輝けるのだと言うことを知った夏にもなった。

どうしたら人は誇りを持つことが出来るのか。有名大学や一流企業に所属すれば、自然と身につくのか。否、そうではない。大切なのは、そこにたどり着く過程で、迷いながらでも正直且つ真剣に行動すること。そして謙虚さ。これらを疎かにすると、どんな集団や組織に加われたとしても、己の内に生み出るのは「後悔」か「つまらぬプライド」のみとなる。

年の瀬になり、内定した企業の入社前研修会に参加した。集まった者は早稲田・慶応といった難関大学の学生や国立大の院生ばかりだった。福利厚生もかなり良い。これから歩む人生という道がどんなものとなるのかが、ぼんやりと見えて来た。その先にある明るい未来も。しかし、卒業間近にその会社の内定を辞退した。自分に正直になりたかった。ただそれだけの理由だった。

辞退手続きの帰り道、2月のビル風の中、「大学どこですか?」の問いに胸を張れる自分がいた。

 

2020.5.15

霞ヶ関高等学校

副校長 伊坪 誠

前の記事

[副校長] 忘れもの

次の記事

[副校長] 職人