[副校長]あるレストランとの出逢い

あるレストランとの出逢い

休日の夕方、我が家の近くを散歩していた時のこと。決して人通りが多いとは言えない路地にフレンチ・レストラン(ビストロ)を見つけた。どれどれと中を覗くと、色白で細身の若い男性シェフが一人。ドアが開いたことに一瞬驚いたような表情を浮かべ出迎えてくれた。数人分の椅子とテーブルでいっぱいになってしまう店内は小綺麗で、店主のセンスの良さが伺える。訊けばオープンしたばかりとのこと。客の姿はない。せっかくだから夕飯はこの店でと決め、席に着いた。

パソコンでプリントアウトされた手作りのメニューを見ながら何品かを注文し、料理が出てくるのを待っていると、2組の客が加わり店内は満席に。厨房は途端に慌ただしくなった。若いシェフ一人で大丈夫だろうかと心配になっていると、アルバイトだろうか女性スタッフが一人加わり配膳を始めた。オープンしたばかりなのだから、スタッフのサービスも当然ぎこちない。しかし初々しくて好感が持てる。料理が出されるのを待つ間、厨房にいるシェフの仕事ぶりを眺めながら色々な想像が始まった。

「あの若さで自分の店を持ったシェフの志はいかばかりのものなのだろう。」「開店資金や家賃はどの位なのだろうか。」「いずれにせよ、開店にこぎ着ける迄には、相応の苦労が有ったことだろう・・・」。店内のインテリアやディスプレイが、その答えを無言で伝えてくれる。反対に客として、さらには地域住民側の目線でも色々と考えた。カフェ好きな私からしたら、この店の様なおしゃれでリーズナブルな飲食店の出店はとても嬉しい。観光地として名を知られるこの街は、中心部でこそ商いへの新たな参入者が増えている。しかし郊外は昔ながらの景観に留まったままで、暮らしを楽しむ街という感じではない。だからと言って、この界隈には駅近にあるような巨大店舗も有名店も必要ない。小さくても無名でも、経営者の思いと工夫のこもった店が増えたなら、街は活気づくし中心部とは異なる特徴が出る。また、そのような店を応援する住民が沢山いたなら、出店した店のオーナーはどれ程心強いか。そしてこの街はどんなに素敵な街になることだろう。

出された料理はどれも素晴らしく、値段以上の満足を味わえた。帰り際会計を済ませ、返された釣り銭から硬貨を一枚シェフに手渡した。「配膳が滞ったのに・・・」と恐縮していたが、若きシェフのチャレンジ精神とこの街に爽やかな風を起こしてくれたお礼として心から渡したいと思ったチップであった。

帰り道、先程のシェフと生徒達の姿が重なって見えた。私たちの学校も、高い志と未来を描き果敢にチャレンジする生徒がもっともっと増えたなら、一人一人のチャレンジを応援する学校であり続けられたなら、学校と生徒達はもっとキラキラ輝くに違いない。

先程までいた店の名前は「LA・LIBERTE」(フランス語で「自由」の意味)。自由にはしっかりした準備と志、そして相応の努力が必要なのだと感じさせてくれた店と料理と時間だった。

「色々有るが、自分も頑張らねば…。」

まだ冷たい春の夜風に、心の中の自由の旗が高らかにたなびいていた。

 

2021.4.22

霞ヶ関高等学校

副校長 伊坪 誠

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